その二三

 遠くまで 
 ふと「ずいぶん遠くまでやって来てしまったな」と思うことがある。そんなに歳をとった訳ではない、まだ半世紀しか過ぎてないのだから。

 後悔は無い、いや少しはある、中でもこの病気になったことは、不摂生からだと思うので、ちょっと残念である。
 しかし、気をつけていても、なったかも知れないので、病気になったこと自体はあまり深くは考えないことにしている。

 二十歳の頃には、今の自分(病気になったことではない)は想像出来なかっただろう、いや想像する事さえしていなかった、若さの特権で先のこと、四半世紀も先のことは考えなかった、目先の事に追われていた。

 いろいろのことが思い出され、その時間の重なりを思うとずいぶん遠くまでやってきてしまったと感慨深い。

 でも、思い出される時間の中にはいやなことは無い、良い家族を持てたし、今思えば良いことばかりの気がする。

 病気にならなくても、「ずいぶん遠く来てしまったものだ」なんて考えただろうか、考えないだろう、まだ、もっともっと歳をとってからなんだろう。

 とすると、自分の心は歳をとってしまったのか、心配になる。

 いやいや、ちょっとした気まぐれだ、もっと未来を思おう。
 身体のこと 
 麻痺した筋肉は動かないが、少しずつ今の身体に慣れてきたように感じる、少しずつ動く筋肉だけでの動作が上手になってきた、1年前とは大分違う気がする、杖で歩くのも上達してきたように思える。

 逆に限界も見えてきたのか、やはり、麻痺した筋肉は動くようにはならない、壊れた脳細胞のネットワークはまだ繋がらない、何時か繋がるのだろうか。

 でも左手はまだ硬い、すぐにでも自由に動き出しそうだが、まだ硬い。
11月23日

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