その十七

 しあわせとは
 「幸せ」誰もが、一度は考えたことがあるのではないかと思います。

 『「しあわせとは」なんてのんきに考えていられることが幸せなんだ』なんて一寸つかみ所がないことを言う人も居ますが、このことでは、イギリスの数学者で哲学者のバートランド・ラッセルの「幸福論」を思い出します。

 思い出すと言っても、内容はよく覚えていませんが、「しあわせは、待っているだけでは得られない、自分から求めなければ何もつかめない」というようなことだったと思います。

 まあ、でも、私は、「しあわせとは」求めるだけはないのではないかと思います。

 ただ、何と言っても「しあわせ」の定義、考え方が人それぞれであり、求めているものも違います。

 身体が不自由になった今の私には、しあわせの一番に、「元気な身体で、家族と一緒に健康に生きられること」が挙げられます。

 というと、不自由な身体は不幸せかと言えば、そうとも言えない、出来れば自由な身体であることにこしたことはありませんが、「しあわせ」はもっと別な次元にあるのだと思います。

 何不自由なく暮らしている恵まれた人でも、幸福感に満たされず、何かを追い求める人もいます。

 求めていては切りがないように思えます、幸せは、物でも自由な身体でもないのではないでしょうか。

 そう、ただ一つ、生きていけることが「しあわせ」なのではないでしょうか、与えられた時を。

 生きていけることへの感謝と日々の生きる努力が出来れば「しあわせ」なのではないでしょうか。
 
 8月27日

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