神様のくれた時間
 50才と3カ月、単身先から自宅に帰ってきた翌朝、目を覚ますと起き上がれませんでした。脳出血をしていました。それから半年して、1年後の仕事に戻れるようになるまでの間、頭のリハビリにと始めました。
神様のくれた時間
 脳卒中になって半身が不自由に、途惑わない人はいません。神様はいないと思いました。でも、それから、神様はもしかしたらいるのかではないかと、少し思うようになりました。

 人には悩むことは幾らでも有り、辛いことも幾らでも有ります。気持ちが沈む時は「神様のくれた時間」なのだから頑張ろうと思うようにしました。もう、既に亡くなられた人がいます、何時までも思っていられるようしたいと思います。

 障害も、もっともっと大変な人もいる、もっと頑張っている人もいる、嘆いているんじゃない、そう考えるようにしました、そうやって生きていくと。

病気になって
 最初は病気になり、今までの自分の全てを失くしてしまった様に感じました。どうして、何故だと。病院のベットでは、毎夜、頭の中をぐるぐると駆け廻るばかりでした。

 その頃は、これからの生活は、家族はどうなってしまうのか、仕事には戻れるのだろうかと不安ばかりだった。でも、家に仕事に戻れるようにリハビリをしました。自宅に帰ることが出来てからは、家の外を普通の人の何倍もの時間をかけ周りました。家の中ではパソコンに向かい、横にはならないようにしました。

 ホームページは、同じ境遇の方々の作られたものを見て、元気をもらい、励まされたように思いながら真似をして作りました。今年、2024年になって21年がたちました。

                                   令和6年2月
履歴
1953年(昭和28年)茨城県結城市生まれ
1965年(昭和40年)川崎市立向小学校卒業
1968年(昭和43年)川崎市立富士見中学校卒業
1971年(昭和46年)県立川崎工業高校卒業
1977年(昭和52年)明治大学農学部卒業 農林省関東農政局
2003年(平成15年)病気
2004年(平成16年)復職
2013年(平成25年)退職(定年)行政専門員
2018年(平成30年)非常勤職員
2023年(令和5年) 退職
勤務地(八日市場市、伊那市、西那須野町、川口市、千代田区、港区、長野市、さいたま市、東金市、八街市、佐倉市) 年齢:71歳 左片麻痺 趣味:読書、パソコン

 修学旅行(日光)小学6年



 日光東照宮(上神庫)
 修学旅行(奈良・京都)中学3年



 法隆寺
 大阪万博(吹田市)高校3年



 猪名川山荘YH(川西市矢問)
 高校(川崎市中原区上平間)卒業



 新旧校舎
 生田祭(川崎市多摩区生田)大学2年



 模擬店(生田BB同好会)
 工場見学(相模原市)大学3年



 帝国ヒューム管KK
 独語研修(ケルン市)大学3年



 ライン川左岸
 友人宅(横浜市)社会人1年




 親睦会旅行(香港)社会人17年



 センチュリー香港ホテル
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