「自動運転」実証実験車ウーバーの死亡事故

○<背景に企業間の実力の差、基準づくりが進む可能性>

 名古屋大学 客員准教授 野辺継男氏

 米ウーバーテクノロジーズ(Uber Technologies、以下Uber)の自動運転車が起こした死亡事故。夜間における公道での実証実験中に一般人をはねた。現地警察が事故発生時の生々しい車両カメラの映像を公開したこともあり、自動運転技術の安全性を不安視する見方も出てきた。Uberの事故をどう捉えるか。また、今後の自動運転技術の開発はどうなるか。野辺継男氏が解説。

 今回のUberの事故が自動運転技術を全否定することはない。いかなる産業分野でも企業間に大きな技術力の差があり、それは自動運転技術も同じだ。これまでは、いわば“玉石混交”で公道試験が行われてきた。今後は、特定の企業の技術レベルに起因する事故で自動運転技術の健全な開発が影響を受けることのないように、自動運転技術に関する基準設定が模索される可能性が高い。米国では米グーグル(Google)系の米ウェイモ(Waymo)の技術レベルが基準設定の参考になる可能性がある

事故の状況
 2018318日午後10時頃(現地時間)Uberは米国アリゾナ州テンペで、知られている限り自動運転車で世界初の歩行者死亡事故を起こした。当時、Uberの車両は「自動運転モード」で速度制限45mile/hの道路を38 mile/h(約61km/h)でテスト走行していた。そこに横断歩道のない場所で暗闇から自転車を押して歩いてきた女性が車両の前に突然現れて衝突した、と当初所轄警察は状況を説明した。

 アリゾナ州テンペ警察の警察署長であるSylvia Moir氏は、「この種の衝突を避けることは、いかなる手段でも難しいのは明らかだ」と語っている。被害者は事故後、病院に運ばれて死亡した。アリゾナ州法では、横断歩道外では歩行者はクルマに通行権を譲る必要があるが、もちろん、それでもクルマは止まらなければならない。


 自動運転モードで走行していた車両にはバックアップドライバーが乗っていた。バックアップドライバーは常に安全監視を行い、衝突などが予期される場合はシステムによる自動運転モードに介入。ハンドルを切ったりブレーキをかけたりして、非常時の対応を行わなければならない。だが、今回の事故では、バックアップドライバーは突然の衝突音で事故に気付いたと警察に語っている。また、この車両はブレーキをかけたり、衝突を回避しようとしたり、何らかの警告を発したりした形跡がないと警察は述べており、システムが衝突を予期しなかったことを示唆している。今後、米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)と米国運輸安全委員会(NTSB)による原因究明が行われ、起訴の決定はマリコパ郡の検察に委ねられる。

 同月21日午後にテンペ市警察は事故時の映像を公開した。自動運転技術の専門家(以下、専門家)の多くは「この情報だけで結論付けるのは早計」としながらも、この映像を見ただけでもこの事故は「回避可能だったか、少なくとも衝突のインパクトを軽減することが可能であった」と、当初の所轄警察とは異なる見解を表明している。

「回避可能」が専門家の見解

 専門家が事故を回避もしくは衝突のインパクトを軽減できたと判断する、代表的な理由は次の2つだ。

1]カメラ画像は通常、明るさと暗さのバランスなどを人間の視覚と全く同じようには再現できない。その上、人間の目は暗闇に慣れるという特性もあり、今回の現場では記録されているカメラ画像から識別されるよりも以前から女性を把握できた可能性が高い(注:そもそも、人間のドライバーであれば12秒以内でも何らかの回避行動を行うはずだ。実際の現場ではより早い段階で緊急ブレーキなどの回避行動を開始し、速度が低下すればぶつかるまでの時間も長くなって、女性側もある程度対応できた可能性も指摘されている)。

2]加えて、このクルマにはLiDAR(レーザ光線により、空間にある物体の存在の方向と距離を認識する装置)とレーダーなどのセンサーが装着されており、これらによって周囲の明るさとは関係なく障害物などを認識し、衝突回避に必要な処理が可能なはずである。今回はそうした装置が機能していなかったか、センシングしたデータに対する画像処理やその後のシステム制御との連携がうまく機能していなかった可能性がある。

 今回の自動運転車が人間の視覚よりも低い認識技術や判断・操作技術に依存し、それをバックアップドライバーが埋め合わせる前提で公道試験を実施していた──。仮にそうだとすれば、ドライバーの注意散漫(注:公開された映像では、事故当時バックアップドライバーは走行状況を十分監視していたとは言えない)はUberの公道テストの運用体制に内在する問題を浮き彫りにしたことになる。

       同月26日(現地時間)、アリゾナ州はUberが公道テストを行う権利を停止している。

 米グーグル(Google)の持ち株会社である米アルファベット(Alphabet)で自動運転技術を開発する米ウェイモ(Waymo)は、2009年に公道における自動運転の試験走行を始めた。2017425日にアリゾナ州フェニックスで一般のユーザを募って通勤や通学、買い物などの日常生活に使ってもらうように完全自動運転の試験サービスを開始した。2017年中には600台の欧米フィアットクライスラーオートモービルズ(Fiat Chrysler Automobiles)の「パシフィカ(Pacifica)」をベースとした自動運転車を米国25都市で走らせ、2018228日には、公道での自動運転の累計走行距離が500万マイルを超えたと発表している。

 アリゾナ州では、同年32日から州知事令により、完全自動運転車をバックアップドライバーなしで運行できるようになった。これを受けて、Waymoはバックアップドライバーなしで一般の人を乗せて実証テストを開始し、2018年中にはより多くの都市に拡大すると発表している。また、カリフォルニア州も同年42日からバックアップドライバーなしの公道試験が可能になることを同年226日に発表している。

 カリフォルニア州で自動運転の公道試験を行う場合、これまでもカリフォルニア州自動車交通局(DMV)から認可を受ける必要があった。認可を受けた事業者は、実際に自動運転で走った距離(Autonomous Driven Miles)と、人間のドライバーが自動運転に介入した回数(# of Disengagements)、およびその際の状況を報告する義務を負う。そして、各社のレポートがDMVWebで公開されている。その2016年の結果と2017年の結果をまとめたのがそれぞれ12だ。表中の「Miles per Disengagement」とは人間の介入の間に自動運転で年間平均何マイル走ったかを表している。

   公道試験事業者  介入無し自動運転/ ①自動運転累計距離 ②介入累計回数
            年平均距離=①/②
 
 表1●カリフォルニア州における自動運転の公道試験の結果(2016年)


 
 表2●カリフォルニア州における自動運転の行動試験の結果(2017年)

 これらを見ると、Waymoは圧倒的な自動運転走行の成績を残していることが分かる。報告内容や書式、詳細さなどが各社まちまちである上に、公道試験での慎重さの違いもあって、単純に各社の数字だけを比較するのは正確性に欠ける面もある。だが、現実に公道で走っている台数を含めてWaymoが他社を凌駕する距離をテスト走行しており、ドライバーの介入が圧倒的に少ないことは事実だ。Waymoは他の州でもほとんど問題なく公道試験を行っており、まれな事故に対しても技術の欠陥ではないことを証明してきた。これは、Waymoの非常に高い技術的優位性を示す“偉業”である。

 今回の事故に対し、Waymoはまだ公式なコメントを出していない。だが、2018324日に米国ラスベガスで開催されたディーラー協会のカンファレンスでWaymoCEOであるJohn Krafcik氏は、「我々の自動運転方式であれば(同様の状況で)死亡事故は避けることができた」と述べている。

 同月27日には、英ジャガーランドローバー(Jaguar Land Rover)と無人運転のロボットタクシーの開発で提携すると発表。同月に発売された英ジャガー(Jaguar)初の電気自動車(EV)「I-Pace」ベースの完全自動運転車で2018年内に公道テストを開始する上、最初の2年間で2万台を生産する契約を結んだ。2020年までに、無人運転のロボットタクシーの商用サービスを開始することを目指すという。2万台の自動運転車が、毎日今のペースで2年間走り込めば、米国における死亡事故の発生比率(1億マイルに1)と対比可能な実走行距離を超える。今回の事故の後に完全自動運転の公道試験を停止したUberとは全く対照的に、Waymoは積極的な拡大戦略を推し進めている。
○<米国議会および連邦政府の動き>

 ここで、自動運転をめぐる米国議会と連邦政府の動きを押さえておこう。政治や政策の動きも、今後の自動運転の開発に影響を及ぼす可能性があるからだ。

 201796日、米国で「SELF-DRIVING ACT」と呼ばれる法案が下院で超党派の支持を得て可決した。連邦政府の権限を拡大し、完全自動運転の商用化に向けた開発や公道テストを促進する法案だ。米国議会のプロセスでは、下院に続いて上院が自らの法案(「AV START」と呼ばれる)を通すことになる。その通過が予測よりも遅れている。20183月上旬に、大手自動車メーカーとハイテク企業がさまざまな事業団体と協力し、上院に対して同年5月末までに自動運転法案を採択するように促した。

 この遅れの一因に、現行法案に安全確保義務の強化を盛り込む民主党からの変更要求がある。

 実は下院での法案は、2016920日に民主党のオバマ政権下でNHTSAから提出された自動運転に対する政策「Federal Automated Vehicle Policy」が前提になっていた。これによると、各社が各モデルごとに、さらにはそれらのソフトウエアを大幅にバージョンアップするたびに、に記載されている幅広い項目に対して規定書を作成し、NHTSAと協議して公道試験の認可を得ることが義務づけられていた。

 この法案がちょうど1年後の20179月に、共和党のトランプ政権下で改訂された(今後も毎年改訂される予定)。そして、安全を守るためのこの規定書のいくつかの内容や提出自体が義務から任意に変わり、安全に対する連邦政府の要求が大幅に緩和されている。上院の法案は時期的にこの最新バージョンを政策的根拠とすることになり、20183月中旬、民主党の上院議員5人が、現状の緩和から安全に対する懸念があるとして現行法案に対して安全性を守る強化やその適用範囲の拡大要求を提示した。

 こうした政策的に重要な動きがある中で、今回のUberの事故が起きたというわけだ。そのため、Uberの事故の政策に与える影響は大きく、民主党が合意するまで法案通過に追加的な日数がかかるという見方がある。ちなみに、この規定書を最初に提出したのはWaymoであり、2番目が米ゼネラルモーターズ(General Motors)だ。現状ではこの2社しか提出していない。

○<安全性の高い技術を促すには基準が必要必要>

 これまで事業者は、政府による必要以上の介入を求めてこなかった。その結果、事故を防ぐ責任は現在、各社の管理に依存する状況にある。それ故に、今回のUberのように、万が一の場合の安全確保をバックアップドライバーに委ねた状態で自動運転の公道試験が行われている。

 つまり、それぞれの企業が備える自動運転の技術的実現レベル(技術力)がチェックされないまま、高い自動運転技術を持つ企業もそうではない企業も“玉石混交”で公道実験を行っているというのが実態だ。こうした状況に対し、米国の住民の一部からは「我々は実験室内に住んでいる」という批判の声も上がっている。

 自動運転を実現するシステムは本来、注意力も運転能力も人間を凌(しの)ぎ、人間よりも正確に車両の全ての制御を行うことで、多くの人命を救うためにある。そうでなければ市場に受け入れられないし、どの事業者も倫理的に商用化することはない。現実的に自動運転技術の実現レベルに企業間に極めて大きな差がある。その状況で、完全自動運転の実現に極めて近い技術レベルに達している企業と、人間の認識・判断・操作能力に劣る技術レベルの企業が同じ法的条件下で公道試験を行っているのだ。後者による事故によって自動運転の開発全体にブレーキをかけるようなことがあるとすれば不条理である。

 では、何をもって人間の運転能力よりも高い、あるいは低いと言えるのか? 人間の運転に対してどれくらい事故が少なくなると実証できれば、完全自動運転を商用化できるのか? 多くの自動運転車には、カメラやレーダー、LiDAR、超音波などのセンサーが数多搭載されている。しかし、現状では、米国では州政府でも連邦政府でも、自動運転を構成するハードウエアやソフトウエア、あるいは全体システムに対し、安全性を測る基準を用意できていない。センサーや、それらのデータを保管、処理、シェアするソフトウエア、自動運転用のアルゴリズムの性能・安全性、車載システムとデータセンターの連携、サイバーセキュリティー、プライバシー、倫理的判断、さらにはクラウドも含む全体システムの在り方など、いずれも各社が自ら説明を行いNHTSAと協議して認可判断を受ける形式だ。しかも、現在はそれも任意となってしまっている。

 これまでは完全自動運転を実現できるかどうかは未知数だった。開発途上にある未知数の技術に、監督官庁が基準を設定することは困難だったかもしれないし、誤った基準を設定してしまっては技術の発達にブレーキをかけるかもしれない。しかし、今回死亡事故が起きた一方で、完全自動運転をほぼ実現し得る高い技術力を備えた企業がある状況だ。一度技術的実現性が見えれば監督官庁による基準作成も可能になるし、今後は実際にその方向に進む可能性がある。事実、NHTSAが完全自動運転(レベル4)を定義する際には、NHTSA Googleとの詳細な技術のやり取りが重要な役割を担った。今回の死亡事故を契機に、こうした基準の作成が進む可能性がある。

                             (語句削除加筆)

        2018/3/29 日経XTEC ニュース解説 「ウーバーの死亡事故は自動運転を殺すのか?」

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