「自動運転」に係る問題(5)運転支援か自律走行か


 自動運転車を実現するための技術開発プロジェクトは、自動車メーカーや自動車部品サプライヤーだけでなく、オンデマンド配車事業者、LiDARLight Detection and Ranging)と呼ばれるセンサー開発企業、人工知能(AI)開発企業、クラウド事業者など、さまざまな事業分野に属する企業が始めている。こうした動きと並行して、自治体や政府組織が参加する自動運転車の共同プロジェクトも世界中で立ち上がっている。これらの自動運転開発プロジェクトは、どのような未来を目指して活動しているのか。
 日経BPクリーンテック研究所の『世界自動運転プロジェクト総覧2016年12月』では、自動運転開発に取り組む世界の48企業と5つの共同プロジェクトに着目し、自動運転に関するビジョン、活動実績、提携・協業関係を調査して、その調査データから「自動運転が作る未来」が見えてきている。

○ 第一目標は交通事故死傷者数ゼロ

 各企業が掲げる自動運転の開発目的はさまざまあるが、最も多くの企業が掲げる目的は交通事故と交通事故死傷者数の削減である。自動車が登場したことで産業が著しく発達し、経済成長が加速したことは間違いないが、交通事故という大きな代償を支払うこととなった。
 こうしたことから、自動車産業に関わる企業は運転時の安全性を高める仕組みや事故の際に乗員の安全を確保するための仕組みを用意し、ドライバーのミスを防ぐ技術を開発してきた。自動運転はその技術開発方針の延長線上にある。自動運転技術で自動車産業に参入する新興企業も、交通事故を解決すべき社会問題として捉えており、自動運転がその解決策として有効であると考えている。 

○ 事故原因の9割はヒューマンエラー

 自動運転が交通事故削減につながるという考えは、交通事故原因の大半がドライバーの過失に基づく「ヒューマンエラー」であるという各種調査機関のデータに基づいている。例えば、米運輸省道路交通安全局(NHTSA)が20152月に発表した調査データによれば、米国における交通事故の原因をドライバー、車両、環境などに分類したところ、約94%がドライバーに原因があったという。

 この傾向は日本でも同じである。警察庁が公開した201610月末の交通事故統計によると、20161月~10月に国内で発生した交通死亡事故件数は3037件であるが、その約9割の2740件の事故原因は運転者の法令違反だった。自動運転を導入することでドライバーのヒューマンエラーをなくすることができるなら、交通事故の大幅削減は十分に期待できそうだ。

交通事故の削減については、具体的な数値目標を掲げる自動車メーカーもある。例えばスウェーデンVolvo Carsは「2020年までに新車での交通事故による重傷者や死者をゼロにする」という挑戦的な目標を掲げ、その目標実現に向けて自動運転技術の市販車導入を進めている

○ 地方と都市の交通問題を自動運転技術で解消へ

 自動運転で解決を目指す社会課題は、交通事故のほかにもある。多くの企業が着目しているのは、渋滞や二酸化炭素(CO2)削減といった都市交通問題である。都市交通に適した自動運転車を開発し、新しい都市交通システムを作ろうという取り組みである。
 それらの活動で共通しているのは、ドライバーレスの完全自動運転技術を備えた小型電動バスを開発し、それを活用することで都市交通の利便性、効率性、安全性を高めようとしていること。試験走行に用いられた自動運転バスとしては、日本でも試験走行を実施した仏Easymaileの「EZ10」(日本ではディー・エヌ・エーが「ロボットシャトル」として提供)、米国ワシントンD.C.で試験走行した米Local Motorsの「Olli」、英国ロンドンで試験走行を開始した英GATEwayプロジェクトの自動運転シャトルなどがある(写真1)。

 
  写真1 秋田県仙北市の公道を走行するロボットシャトル

 共同プロジェクトの中には、自動運転車の開発より社会への実装を推進することに主眼を置くプロジェクトもある。例えば、欧州で実施されているCityMobil2は、環境の異なるさまざまな欧州の都市で自動運転バスの走行実験を実施して、社会実装時の課題を洗い出している。
 世界的にはそれほど重要視されていないものの、日本では高齢化問題も自動運転の導入による改善が期待されている分野だ。自動車関連の高齢化問題は、(1)職業ドライバーの高齢化が進んでドライバー不足が進むこと、(2)加齢によって身体能力に衰えが生じるため移動弱者が増加すること、の二つがある。これらは独立した問題だが、地方の過疎地域などでは、ドライバー不足や経営難でタクシーやバスの営業が少なくなる中で、運転免許を返納するなどして自家用車での移動が難しくなった高齢者が増えており、複数の問題が重なり合うことで深刻化している。
 ここに完全自動運転車が登場すれば、職業ドライバー不足と移動弱者支援の両面で有力な解決策となる。ディー・エヌ・エー(DeNA)とZMPが設立したロボットタクシーは、移動弱者に新しい交通手段を提供することを目標に掲げて、完全自動運転技術を実装したロボタクシーの開発と社会実装を進めている

○ ソフトウエア更新で機能を追加・拡充

自動運転開発の社会的な意義は社会問題の解決にあるといえるが、開発企業の狙いは他にもある。自動車そのものの価値を高めることだ(1)。自動運転機能を自動車の魅力を高めるものと位置付け、競合製品に対する競争優位のための武器にする。

  
    図1 世界が自動運転開発に取り組む理由
 これまで自動車メーカーは「運転する喜び」を強調しがちであったため、「自動運転」機能のアピールを控えめにする傾向があった。しかしここ数年は「運転する喜び」に加えて、「新たな快適空間」を自動車の魅力としてアピールする方針を打ち出すケースが増えている。例えば独BMW、独Daimler日産自動車などは自動運転時代のコンセプトカー発表時に、「運転を楽しむドライブモード」のほかに「リラックスして快適空間を楽しむ自動運転モード」を用意することを明らかにしている。

 自動車の価値を高める新たな手法としては、モバイルインターネット技術を自動車に実装し、「自走するスマート端末」として自動車を再定義する方向性が出てきている。具体的には、IT(情報技術)機器と同じように、自動車の機能をソフトウエア更新で追加・拡充する手法である。

 例えば米Tesla Motorsは、自動運転機能の強化と修正は自動車が搭載する自動運転ソフトウエアのバージョンアップで実施する。ソフトウエアを更新することで、これまで使えなかった新しい自動運転機能が使えるようになったり、ソフトウエアの不具合が解消されたりする。しかもソフトウエア更新と、更新したソフトウエアの機能を有効にする処理は、無線通信で実施するので自宅で実行できる。その更新プロセスはスマートフォンOS(基本ソフト)更新やアプリ追加と何ら変わらない。

○ 次のテーマは「異常時の自動停止」と「自動バレーパーキング」

 市販車に実装する自動運転機能については、先行車との間に安全な車間距離を維持する機能、車線中央の走行を維持する機能、渋滞時に先行車を自動追従する機能などに加えて、自動駐車と高速道路での車線変更や危険回避の自動実行機能の実装が始まっている。自動車メーカー各社は2020年頃に高速道路での自動運転の実現を目標に掲げているが、それとは別に開発を急いでいる自動運転技術が二つある。どちらも自動車の価値を高めることに直結する機能である。

 一つは、ドライバーが運転中に急病になったり、睡眠状態に陥ったりしたときに、安全にクルマを停止する機能である。これは、世界的に参照されている米国の非営利団体SAE Internationalが作成した自動運転レベル4の基準「システムが運転操作をドライバーに要請した際に、ドライバーがその要請に応えない場合はシステムが対応を引き継ぐ」を満たすために欠かせない機能といえる。2016年にDaimlerが発表した自動運転機能「ドライブパイロット」はこの機能を搭載している(写真2)。

  

     写真2 ドライブパイロットを搭載する新型Eクラス

 もう一つは自動バレーパーキングである。バレーパーキングとは、ホテルなどで実施されている、駐車場の入出庫を係の人に依頼する駐車サービスのこと。自動バレーパーキングは自動駐車の高度版に位置付けられる機能で、スマートフォンを使って駐車場から自分のいる場所まで自動運転車を自走させて呼び出すことができ、駐車場に入ってクルマを降りたらクルマが自走して空車スペースを見つけて自動駐車する。「自走するスマート端末」ならではの機能といえるだろう。

 自動バレーパーキングの開発は自動車部品サプライヤーも積極的に進めており、独Bosch、独Continental、仏Valeo、独ZF Friedrichshafenなどがそれぞれソリューション開発を進めている。またDaimlerBoschは、自動バレーパーキング実施時に空車スペースを適切に見つける技術を開発するための共同プロジェクトを始めている。

○ 自動運転車が目指す二つの姿

 各プロジェクトが目指している自動運転車の姿は大きく二つに分かれる。それは、人間のドライバーが乗ることを前提とするかしないかの違いである。SAEの自動運転レベルに照らして言えば、ドライバーが存在するケースはレベル04で、ドライバーが存在しないケースはレベル5となる(2)。

  
  2 自動運転車の姿は、ドライバーの存在を前提とするかどうかで分かれる

 自動車メーカーや自動車部品サプライヤーは、基本的にドライバー支援を目的に自動運転技術の開発を進めている。これに対し、最初からドライバーレスの完全自動運転車を作ることを目的とする取り組みもある。例えば前述の自動運転バスや、米Google(グーグル)のSelf-Driving Carが該当する。
 ドライバー支援とドライバーレスのそれぞれの開発は、条件と優先すべき事項に違いがあるため、同じ技術を用いる部分はあっても、できあがった自動車の特性は違ったモノとなる。
 ドライバー支援を優先して自動運転車を開発する企業は、できるだけ今ある自動車の能力や快適さを維持したいと考えている。これに対してドライバーレスを志向する企業は、今ある自動車よりも劣る部分がいくつかあったとしても、ドライバーレスが実現するのならそうした部分が受け入れられると考えている。運転性能、巡航速度、乗り心地を我慢しても、ドライバーレスで安全に、効率的に、手軽に移動できることを優先する。
 バスやタクシーについては、自動車としての性能を犠牲にしても完全自動運転を求める考えがある一方で、トラックに関しては今の運転性能そのままで、できる部分だけ自動運転に変えていくというアプローチが取られている。
 これは、貨物の積み下ろしなどの仕事をトラックドライバーが請け負っていることもあって、ドライバーレスの実現が難しいことにも関係しているだろう。例えば米Freightliner Trucks2015年に発表した自動運転トラック「Freightliner Inspiration Truck」はHighway Pilotと呼ぶ自動運転システムを備えるが、商用運転免許証を持つドライバーがトラック車内に残ることを前提としている。
 トラック向けの後付け自動運転機構を開発中の米Otto(米Uber Technologies20168月に買収したが経営は独立)も、トラックドライバーが乗車することを前提としており、今のトラックの性能を維持した上で、ドライバーの負担を減らすことを目的に自動運転技術を開発している。
                         (語句削除加筆)

2016/12/22 6:30 日経BPクリーンテック研究所 林哲史

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