「自動運転」に期待しすぎ (平成28年8月)

 現段階で、手放し運転して良いクルマは販売されていません。量産車に搭載されている半自動運転機能はあくまで運転者を支援するものです(図1)。この場合、米運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)が定める自動運転の基準で言えば「レベル2」に該当します。

                       

 しかし、大半の消費者には自動運転の機能に何の違いがあるのか理解してもらえません。「レベル2までは手放し運転できないが、レベル3だと条件付きでできる」と言われても、現実としてこの分類を明確に区別できるのか疑問が残ります。

 曖昧な自動運転の定義は、機能の誤用や技術の過信を招く恐れがあり、安全上好ましくありません。 実際に米国では20165月、高速道路を走行する米Tesla Motors社の「Model S」がトラックと衝突し、運転者が死亡する事故が発生しました。 事故原因は現在調査中ですが、簡易的な自動運転機能である「Autopilot」を過信し過ぎるあまり前方監視を怠ったことが原因ではないかと言われています。

 この件について、全米道路交通安全保険協会研究所(IIHS)会長のAdrian K. Lund氏は「Tesla社が(NHTSAが定めた自動運転技術の水準でレベル2に相当する機能に)“Autopilot”と名付けたのはまずい選択だった」と見解を述べます。 同氏によれば現在、自動運転の定義について米国政府がガイドラインを作成しているとのこと。安全性を優先するため、「自動運転の基準は厳しいものになる」(同氏)見込みです


 Tesla社に限らず、誤解を招きかねない表現は多くあります。「“やっちゃえ”NISSAN」でおなじみの日産自動車も、自動運転機能のCMで矢沢永吉が手放し運転する映像を紹介しています。 これも消費者に「自動運転なら、手放し運転できる」といった誤った理解を与えかねません。

 同じレベル2のクルマでも、搭載しているADAS(先進運転支援システム)の種類や性能が車種によって異なり、混乱を招く要因になっています。 筆者はこれまで、レベル2の半自動運転機能を搭載する複数の車両に試乗する機会がありました。Tesla社のModel SやドイツAudi社の「A4」、日産の新型「セレナ」などです(図34)。
 これらの車両に乗って実感したのは、車種で仕様が大きく異なることです。 「何ができて、何ができないのか」は、実際に車両を操作してみないと十分に理解できません。


  

                         

 同一車線上でしか半自動運転機能を使えないものから、複数の車線にも対応できるもの。 自動運転モードに切り替えるときの操作もレバーを引くものから、ステアリングのボタンを押すものまでさまざまです。さらに、ディスプレー表示や警告の仕方、自動操舵をキャンセルするときのタイミング、渋滞追従での自動発進機能の有無など例を挙げればきりがありません。



自動運転を安全性に基づいて評価

 自動運転機能の定義の曖昧さは、世界で共通の課題となっています。 ドイツ連邦交通研究所(BASt)のDirector and Professorで、EuroNCAPのSecretaryを務めるAndre Seeck氏も、自動車メーカーと消費者との間で「自動運転の認識にギャップがあるのを感じている」とのこと。 自動運転のレベルばかりに着目するのではなく、安全性の観点から評価する必要がありそうです。

 その一つの対策としてSeeck氏は、実際の車両を使った安全評価である「自動車アセスメント」を自動運転にも適用することで、市場に出る自動運転機能の具体的な基準を確立できると期待します。 安全性に基づいた評価で、地に足の着いた議論を始めるのです。

 具体的にBAStでは、自動運転の普及を想定して、2024年に向けた自動運転アセスメントの評価項目を検討しています。 アセスメントで設定する目標としては、「システムの限界やセンサー性能の明確化」「運転者責任の範囲の明確化」「運転権限の受け渡しなどに関わるHMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)設計の不備の洗い出し」を挙げ、同時に「自動運転システムによる安全効果」についても評価を想定しています。

 BAStは、システムの限界を調べるための試験も検討中です。 具体的には、曲線道路における車線維持機能の評価や、車線の合流地点における車両の制御、障害物で車線変更を必要とする場合の対処、動物の飛び出し対応など(図6)。 こうした試験により、システムによるクルマの制御が困難になった場合に運転権限を運転者に移行する基準や、短時間に対応が求められる緊急時における対応などを議論していきます。


 

 アセスメントの試験項目は多岐にわたるため、策定には長い期間を要するとしています。 実際に2024年から試験を実施できるのか、まだ明確に決まっている訳でもありません。 しかし、この取り組みで自動運転の基準が設定できれば、自動運転の定義を現実的なものにできる可能性があります。曖昧だった自動運転がより具体的になり、安全性の向上や開発の促進も期待できます。

 アセスメントの議論が進めば世の中でも自動運転への理解が進むでしょう。 筆者も自動車担当の記者として、自動運転の正確な情報を発信していくよう心掛けようと思います。まずは、間違っても簡易的な自動運転で手放し運転しないよう、きちんとしていかなければ。


出典 日経テクノロジー online 
佐藤 雅哉 2016/08/24 05:00 (一部語句・文章削除)

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