1) 発症・入院
 倒れたのは、平成15年3月21日の春分の日の朝です。(倒れたと言っても、正確には、寝ていたのだから、倒れたのではなく、起き上がれなかったのです。)

 前の日、単身赴任先のさいたま市から遅く帰って来た翌日です、朝、多分、8時頃、トイレに行こうと起きようとしたが、起き上がれませんでした。

 起きようとしたが起き上がれない、そのうち、これは脳卒中かなと私は思ったようです。(意識は無くなっていなかった)

 女房を呼びましたが、ちょうど、朝、近くの実家に行っていていませんでした。でも、長男が帰ってきていて家に泊まっており、長男が女房に連絡し女房がすぐ帰ってきて、救急車を呼んだみたいです。

 救急車が来た時は、女房の両親も来て、私の部屋は二階でしたので、階段を担架で降ろす時手伝ってくれたのを憶えています。

 救急車には、義母が、少し離れていますがこの辺では評判の良いA・T病院(T県)に行くように頼んで、そこに行って貰いました。 A・T病院は救急指定で脳外科もあり、後から聞くと脳卒中では其処に運ばれる人が多いようですです。

 救急車の中では、住所・氏名や生年月日、前日の様子などを聞かれました。これは、患者の意識や、状態を診るためのものっだったのだと思います。

 病院では、救急治療室に一晩泊まり、CTなど使った診察を受け、点滴による治療をうけました。

 診察では脳内出血と診断されましたが、開頭手術までは必要ないということから、その後、しばらく点滴をしてました。 
集中治療室
 翌日、集中治療室に移され、その後、病室に移されるまで数日いたと思います。

 集中治療室では、尿道にカーテルという管を入れられました。尿をとるためのものなのでしょうか、入院なんて初めてなので、イタイ、イタイと叫びました。

 また、いつからかオムツもされるようになっていました。オムツをしなければならない状態になったことを考え、気持ちは落ち込むばかりでした。

 女房は、何日間か付きっきりだったと思いますが、このころのことはよく憶えていません。私の両親も来たようですが、憶えていません。

 家族は、女房は、どんな気持ちだったのでしょう。今思うと、申し訳ない気持ちです。

 世の中、運・不運と言いますが、今回は、自分の不節制が積み重なってなったものだと思います。 
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